コーヒー豆
去りゆく夏を惜しんでその3
大岡 信 著 新折々のうた6 岩波新書 760
 夏のうたより

の紹介です。

蝉なくや つくづく赤い 風車
                         小林一茶

『八番日記』所収。一茶の愛児さとは、文政2年夏、1歳そこそこで天然痘のため死んだ。「おろかにしてものにさと(聡)かれ」と念じて「さと」と名づけた娘だった。日記にはしきりに風車の玩具をねだった様子も書かれている。竹の輪に色紙を貼りつけ、くるくる回るようにした風車。その真っ赤な彩色と、けたたましく鳴く蝉の声が、暑さを一層あおりたてる。さとはこの句を父一茶が作ったあとまもなく死んだ。

江戸の俳諧師の巨人、小林一茶の句。つくづくという言葉、赤いという言葉、厳しく、激しく暑い夏をあらわしているよう。


去りゆく夏を惜しんでその2
こんばんは

引き続き

大岡 信 著 新折々のうた6 岩波新書 760
 夏のうたより

の紹介です。

 海見えず 蟹ののぼれる 屋根が見ゆ
                                森田 峠(もりた とうげ)

『避暑散歩』(昭48)所収。大正13年大阪生まれ。戦中群馬県の軍需工場に学徒動員された。当時から「ホトトギス」に投句したという。戦後長らく市立尼崎高校の教師だった。高浜虚子、ついで阿波野青畝に師事、「かつらぎ」誌を編集し、青畝のあとを継いで同誌主宰となった。尼崎に勤めたからだろう、海辺の句が多く、新鮮味がある。この句など、海を見せずに海を浮かびあがらせる。

大岡信さんの解説の通り。海を見せずに波の音や、磯のにおいなど浮かびあがらせる。尼崎がどんなところか分からないけれど、
イメージでは急に切りたった地形で、海辺に近い家の屋根が道路に立つと目のレベルにある状況?目の前の屋根に蟹が歩いていたのか歩かせたのか。
去りゆく夏を惜しんで
こんにちは

本日3回目のアップです。

先週木曜日、都内に打ち合わせに行きました。このところ、涼しいというよりも朝晩は寒かったので、あい服ででかけたのですが、
暑い、暑い、プラットホームで背広姿で背中に汗がしみでてしまっている人を何人か見かけました。


以前に紹介しました、



大岡 信 著 新折々のうた6 岩波新書 760
 夏のうたより

浮き上がり きりたる蠑螈(いもり) 力抜く
                                 茨木 和生

『野迫川(のせがわ)』(昭63)所収。どうしてこんなややこしい字を当てたのか知らないが、この動物は井守とも書く。池や沼、また井戸にも棲むから井守という。守宮(やもり)や蜥蜴(とかげ)によく似ているが、腹が真っ赤なので赤腹ともいう。古い池などをじっと見ていると、呼吸のためにふっと浮き上がってくる。右の句はその瞬間をとらえているが、この水棲生物の姿態が鮮やかである。蠑螈は呼吸しないと生きられない。

この句で思い出すのは、ペットショップの水槽あるいは水族館で何か生物がこの動作をしていた記憶である。何か思い出せないが、その生物が浮き上がってはだらんと呆けたように水面に任せてただよっていた記憶がある。

茨木 和生さんの最近の作品から

言うてみるもの 夏鹿の 肉貰ふ

溜池の 稚金魚 百万匹はゐる

酒蒸はよけれ麦藁鯛なれど

奈良県出身の作者ならではの好きな作品です。




文部省唱歌 鯉のぼり
こんにちは。本日2回目のアップです。

季節はずれの鯉のぼりの話です。

本日1回目の「日本人の知らない日本語 蛇蔵&海野凪子 著より」の紹介で

日本語の漢字の成り立ちの話が出てきましたが、
漢字の音読みは中国由来、
訓読みは「日本古来の発する音ことば」とありました。

それでこの 文部省唱歌 鯉のぼりの登場です。

歌詞は(ウィキペディアより)

1:甍(いらか)の波と雲の波、
 重なる波の中空(なかぞら)を、
 橘(たちばな)かおる朝風に、
 高く泳ぐや、鯉のぼり。

2:開ける広き其の口に、
 舟をも呑(の)まん様見えて、
 ゆたかに振(ふる)う尾鰭(おひれ)には、
 物に動ぜぬ姿あり。

3:百瀬(ももせ)の滝を登りなば、
 忽(たちま)ち竜になりぬべき、
 わが身に似よや男子(おのこご)と、
 空に躍るや鯉のぼり。

作詞は不詳、作曲は弘田龍太郎。

誰がつくったのかわからないのもおもしろいのですが、この歌詞の多くが、訓読みという所が面白い。
これだけ多く訓読みの歌詞で作られている曲をあまり知りません。
その訓読みを日本古来の発する音ことばであるということで意識的に多用していて、
そこが自分の日本人としての郷愁やアイデンティティーをくすぐったのかもしれません。

そんなことを抜きにしても一番の歌詞、近景の屋根甍と遠景の雲、その中空に浮かぶ鯉のぼり。映像がバチッと浮かびます。
(正直なところ一番しか知りませんでした。)
日本人の知らない日本語 蛇蔵&海野凪子 著より その3
日本人の知らない日本語 からの紹介その3です。

漢字の読み方が多い理由より

「日本の漢字の読み方には中国起源の音読みと日本独自の訓読みがあります」
「例えば『玉』という字は

『玉』
音読み:宝玉(ほうぎょく)
訓読み:金玉(きんたま)
(→教科書にはこう書いてあって、凪子先生はハジライをもって華麗にスルーして)

音読み:宝玉(ほうぎょく)
訓読み:白玉(しらたま)
「こう読みます」
(と説明する)
「先生 なぜそんなに沢山読み方があるのですか?」
(来ると思った)

「それはですね」
昔々日本には文字がありませんでした
じゃあ出来事の記録はどうしていたかと言うと....

「丸暗記」 (記憶係の稗田阿礼です。一度聞いたら忘れないからカンタンです。)(阿礼は女性だったという説も)
「ものには限度があので中国の文字を習おうと思います」 (みんなが君のような天才じゃない)
「あれを私達は『ヤマ』(発する音ことばとして)と言っているのですが、中国ではどう書くのですか」
「こうです」(山という字を書き示す)
「じゃあこの字を『ヤマ』と読んで使おう」
「ちなみに中国では何と読むのですか」
「サンです」
「じゃあサンとも読もう」
「という風に読み方が増えていったのです」

「ええ~余計なことしやがって」(アメリカ人学生)
「なぜ中国と意味が全然違う漢字があるのですか?」
「鮪という字は中国ではチョウザメのことです」(キャビアを生む魚)
「鮭も中国ではフグだし」

「それはですね」
日本に漢字が入りはじめたころ
「中国の本によく出てくる『鮪』って魚何だと思う?」(日本に漢字が入りはじめた頃の日本人の会話)
「描写からしてかなりでかいぞ」
「でかくて珍重される魚っていったら」
「マグロだな!」(ホンマグロ 2~3m以上)
「鮪はマグロに決定」(このやっつけ仕事感。こんないい加減でいいの?)
「ポカーン」(中国人学生)
「と 推測で決めたから」
「適当すぎる!!」
「それを私に言われても」(凪子先生)

中国人も知らない漢字

中国語がわからなくても、筆談でなんとかなるという話をよく聞きますが、ならない場合もあります。
 以前、中国人の学生に野菜の名前を教えている時「ダイコン」がなかなかわかってもらえなかったので、漢字で書いてみました。ところが全然通じません。実は中国語とは発音も漢字もまったく違っていたのでした。(中国語では発音はルォーヴォー、書きは夢から冖<わかんむり>を引いた文字+卜)。
「ダイコン」は和語(中国の「漢語」が入ってくる前から使われていた日本古来の語)で「おおね」この「おおね」に漢字をあてはめ,あてはめ、「大根(おおね)」になり、「大根」を「おおね」と読まずに音読みで「ダイコン」と読むようになりました。このように日本語を漢字表記にし、それを音読みにしたものを「和製漢語」と言います。
 日本人にしてみれば「みんなまとめて『漢字』」ですが、こまかく見ていくといろんな違いがあったんですね。


今回も目から鱗だったり、へぇ~と感心してみたりでした。
因みに鮪という漢字を手元の

新選 漢和辞典 改訂新版 小林信明(こばやししんめい) 編 小学館発行

で調べてみると

<まぐろ><しび>魚の名。

とあります。チョウザメのくだりはありませんでした。また、魚へんのところに、鮗(このしろ)、鮇(いわな)、鯎(うぐい)、鯒(こち)、鮴(ごり)、鮱(ぼら)、鮲(まて)などは「国字」とあります。

国字とは?インターネットで調べてみると簡単にいうと、日本であらたに作られた漢字、いってみれば「和声漢字」。だから訓読みのものが多く、稀に音読みがあるものもある。「働」や、「腺 (せん) 」など。

脱線しましたけど、まー、鮪の件は、やっつけ仕事感はありましたけど、当時としては、知識や資料がなく、未知のものをイメージで決定していたわけで、やむを得ないと言わざるを得ません。日本人は当然チョウザメを知らないわけで、また中国でも、遠洋で獲れるマグロは見た事がなく、漢字も存在しなかったのかもしれません。

日本人の知らない日本語からの紹介はもう少し続きます。

ではまた。